大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)5194号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告がソロ・チェリストとしての労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、昭和六一年五月以降毎月二五日限り六六万六六六六円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  被告(以下「楽団」ともいう。)は、交響管弦楽演奏により音楽文化の振興発展を図り芸術文化の向上に寄与することを目的とする財団法人である。原告は、チェロの演奏家であり、昭和五五年当時はカナダに在住していた。被告は、楽団の音楽水準を引き上げるために、常任指揮者、コンサートマスターに加え各セクションについても優秀な演奏家をソリストとして招へいすることとしており、その採用手続及び待遇については、指揮者、コンサートマスターの例に従うこととし、一般楽団員のようにオーデションを行うこともなく、労働条件はその都度交渉によって決定し、契約期間を定めた個別の契約(特別契約)を締結することとしている。そして、被告は、楽団の初めてのソリストとして、チェロ部門に原告を招へいすることとし、原告と契約締結の交渉を行った。

2  その結果、原告と被告は、昭和五六年五月一日、要旨次のとおりの第一ソロ・チェリスト契約(以下「第一契約」という。)を締結した。

(一) 原告は、第一ソロ・チェリストとして、被告の要請する演奏会、放送、歌劇、舞踊、レコード録音、式典のための演奏、その他所定の演奏業務に月間拘束時間一〇〇時間(ただし、昭和五七年一月一日からの実施を目処に月間拘束時間短縮について協議する。)の範囲で従事する。

(二) 原告は、右演奏業務のほか、被告の要請する独奏、室内楽演奏等に年五回まで従事する。

(三) 契約期間は、昭和五六年五月一日から昭和五八年四月三〇日までの二年間とする。

(四) 被告は原告に報酬として年額六〇〇万円を支払う。

(五) 原告の独奏者としての演奏に対してはこれとは別に一公演につき一〇万円を支払う。

(六) 休日は原則として毎週一日とし、夏期休暇として年間に連続して一四日間の特別休暇を設ける。

3  原告と被告は、昭和五八年一月三一日、要旨以下の内容の契約(以下「第二契約」という。)を締結した。

(一) 原告は、プリンシパル・ソロ・チェリストとして、被告の要請する演奏会、放送、歌劇、舞踊、レコード録音、式典のための演奏、その他被告が必要とする演奏業務に年間拘束時間七二〇時間の範囲で従事する。

(二) 原告は、そのほか被告の要請する独奏、室内楽演奏等に従事する(被告は、契約期間中において、被告との協演による原告の独奏出演一回を保証する。)。

(三) 契約期間は、昭和五八年五月一日から昭和六〇年四月三〇日までの二年間とする。

(四) 報酬は、年額六五二万円とし、原則としてその一二分の一を毎月二五日限り支払う。

(五) 当事者の一方が更新を希望する場合、契約終了の六か月前までに相手側に通知する。

4  原告と被告は、昭和六〇年四月一五日、要旨以下の内容の契約(以下「第三契約」という。)を締結した。

(一) 原告は、被告の要請する演奏会、放送、録音画、歌劇、舞踊、式典その他の演奏業務にソロ・チェリストとして、練習時間を含め年間七八〇時間を限度として出演する。

(二) 報酬は年額八〇〇万円(支払方法は、毎月均等額の分割払いとし、毎月二五日に支払う。)とする。

(三) 契約期間は、昭和六〇年五月一日から昭和六一年四月三〇日までの一年間とする。

なお、第三契約の締結に先立ち、被告は、原告に対し、昭和五九年一一月一日、第二契約が昭和六〇年四月三〇日をもって終了する旨通知したところ、原告はこれに異を唱えた。その後、被告は、第二契約において定められた更新希望の通知条項を削除し、契約期間を一年と明記した契約案を提示した。原告は、当初この契約期間の定め等に不満を示したが、結局前記のとおり第三契約を締結した。

二  争点についての当事者の主張

本件は、第三契約の期間である昭和六一年四月三〇日の経過をもって原告と被告との間の契約関係が終了したか否かが争われている。

1  原告

(一) 原告は被告からの出演交渉に対し一般楽団員と同様これを拒否することができず、拘束時間の定めがあり、出演回数、曲目、スケジュール等はすべて被告の決定するところであり、原告は、一般楽団員と同様従属的地位にあって、労働基準法上の労働者であるから、本件契約は、労働契約である。

(二) 契約の期間について

第一契約の契約書においては、契約期間が二年と定められているが、この期間は、原告が希望する限り二年後には更新されることを前提とした、いわば報酬等の労働条件の据置期間であり、その実質は期間の定めのない契約である。

(1) 労働契約である第一契約の内容の解釈に当たっては、原告の職務内容と拘束時間が一般楽団員と同一又は類似しており、原告の職務の内容あるいは契約内容が、被告のコンサートマスター等の特別契約者とは相当異なることなどを考えると、一般楽団員と被告間の契約内容が類推されてしかるべきである。

そして、被告の一般楽団員の場合、当初二年の期間の契約をし、その後更新を繰り返していたが、昭和四九年からは契約書も作成しないようになった。このように、一般楽団員の契約は実質的には期間の定めがないものである。

(2) 被告は、楽団の再建のため、国際的に優れた音楽家の招へいが必要であると考え、また、楽団の常任指揮者への就任が予定されていたフリューベック・デ・ブルゴス(以下「フリューベック」という。)から特にチェロセクションの強化を命じられていたことから、同人が昭和五五年一〇月に就任することが決定したころには、優秀なソロ・チェリストを採用することが被告の緊急の課題となっていた。しかも、フリューベックがチェロ・ソリストが自己と同じく三年間は在籍することを希望し、また、歴代のコンサートマスターが長く居着かなかったことから、被告は、優秀なチェロ奏者を長く在籍させたいと希望していた。

(3) 契約締結交渉において、被告側の担当者であった副団長の久保敏治(以下「久保」ともいう。)は、末長く原告に働いてもらいたいと考えており、原告との契約条件の折衝において、原告が被告の提案した三年に対し「三年ぽっきりですか」と質問したところ、「骨を埋めるつもりで来てほしい」と述べた。

原告は、被告側との折衝の過程で、右契約期間に関し、原告が経験してきた欧米の例と同様、演奏家が希望し、技術上の欠陥がない限り当然契約が更新されるものと認識していた。そして、右久保の発言を聞き、原告は、被告から提示のあった期間が右の欧米の例と同じであり、原告が希望する限り更新されると理解して期間について交渉に応じた。そこで、原告は、昭和五二年からカナダの大学等で教鞭をとっていたが、これをなげうち永久帰国を決意して第一契約を締結したものであり、更新されることのない契約であれば、原告は右契約を締結しなかった。

(4) 以上の事実によれば、第一契約において期間が二年と定められているが、これは報酬その他の待遇改訂の機会を更新時に原告に与えることを目的としているものであり、原告が希望する限り二年後の更新を当然の前提とし、いわば報酬、拘束時間等の労働条件の据置期間の定めにすぎず、右契約は、期間の定めのない労働契約である。そして、第二及び第三契約は、新たな契約ではなく、全体として期間の定めのない契約であることを前提として、単に報酬等の労働条件のみを合意のうえ変更したにすぎない。殊に、第二契約締結に当たり、原告は、カナダでの職を放棄してまで被告に留まることを決心したが、これは、将来長期にわたって被告との契約が継続することの合意があったからにほかならない。

(三) 仮に、第一契約において契約期間二年の定めがあったとしても、右合意は、労働基準法一四条に違反し、一年経過後は期間の定めのない契約になったものというべきである。そして、原告の職務内容、従属的地位は、第一ないし第三契約を通じて同一であり、第二及び第三契約は、前記のとおり単に労働条件を変更したにすぎないから、これをもって前の契約を解消したということはできない。

(四) 被告は原告の労働契約上の権利を争っている。右は、原告に対する解雇であるというべきところ、次のとおり解雇の合理的理由が全くなく、解雇権を濫用したもので無効である。

(1) 原告に労務提供不能や適格性の欠如、喪失はない。

(2) 被告の楽団員で組織する読売日本交響楽団労働組合(以下「組合」という。)は、組織率六〇パーセント程度の組合であり、原告は組合に加入することができないのであるから、組合の同意が得られないことをもって原告を解雇することはできない。また、原告を解雇すべきとの組合員の数はその過半数を超えていないのであるから、このような組合の意見により原告を解雇するのは不合理である。

(五) 仮に、被告の主張が第二及び第三契約によりそれぞれ第一及び第二契約が合意解約され、新契約が締結されたという趣旨であれば、次のとおり第三契約には原告に錯誤があったから、右合意解約は無効である。

原告は、第三契約締結の際、技術が低下しない限り被告に骨を埋めるつもりであることを強調し、既に四年間勤務しており、また、向こう一年間組合の説得に努めるとの被告の言を信じ、一年後には契約が終了するものとの認識がないまま第三契約を締結したものである。原告は、一年後の更新がなく、解雇権濫用の保護を得られないと知っていたのであれば、右契約を締結しなかった。そして、右錯誤がなかったならば、その意思表示をしなかったことは経験則上明らかであり、要素の錯誤である。

2  被告

(一) 第一契約が期間の定めのない契約であるとの原告の主張は、以下のとおり理由がなく、第一契約に定められているとおり契約期間は二年である。

(1) 指揮者、コンサートマスター等はオーケストラの演奏にあたっては、基幹的、指導的地位にあり、これらの者は、オーケストラの音楽水準を引き上げ、被告の芸術的評価を高めるために最も重要な役割を果たす音楽家である。被告としては、不断に音楽水準を高めていくためには、日常優秀な音楽家を楽団に導入してその質的構成を改善する必要があるが、他方、これらの者は才能も豊かで、個人的にも音楽界における評価の高い者であるから、国内の楽壇から世界の楽壇へ、また、中堅の楽壇からより声望の高いそれへと短期間で移るのが一般であり、元来期間の拘束性の強い契約になじまない。被告は、以上のような要請と実態から、コンサートマスター、指揮者等については特別契約者として、他の一般楽団員の入団手続とは異なる契約を個別に締結し、特にその期間若しくは契約の終期を明記して契約してきた。

被告は、特にチェロ及びビオラ部門の音楽水準を急速に引き上げる必要に迫られ、原告をソロ・チェリストとして招へいすることとしたが、その演奏上の地位に鑑み、その契約を従来の指揮者、コンサートマスターの場合と同様特別契約者の例によることとし、被告は、原告と交渉した後、契約期間を定めた第一契約を締結した。したがって、原告の場合、一般楽団員の契約と同様に解すべきではない。

(2) 原告は、第一契約締結に際し、被告の期間三年との提案に対し、当時原告がカナダに有していた教職の地位を保持し、第一契約終了時にあらためて楽団に残留するかカナダに帰国するかを決するため、契約期間を二年とするよう申し出て、第一契約が締結された。また、原告は、第二契約締結に際し、契約が将来においても継続するように、「甲乙双方異議のない場合、 年間自動延長する」という趣旨の契約更新のための条項を契約書中に入れるよう強く主張した。これらは、期間の定めがないということと矛盾するものである。

(3) その後、それぞれ詳細な交渉のうえ第二契約及び第三契約が締結されたが、原告の称号、拘束時間、報酬を新たに定めたほか、第二契約では特に原告の要望をいれて更新希望の通知を約定している。この条項は、契約が期間満了により終了した場合の対応に当事者双方が支障を来さないために定められたものである。第三契約締結に際し、被告は、原告に対し、期間を一年とし、再契約はしないと告知し、その趣旨に沿って第二契約に定めた「更新希望の通知条項」が削除された。第三契約の締結に当たっては、被告の提案に対し原告が難色を示したが、結局前記のとおりの合意がなされた。

(二) 労働基準法一四条は、一年を超える期間を定める契約を禁止しているが、これは、雇用保障の趣旨によるものではなく、もっぱら、人身保護の立場から一年を経過した後は労働者に解約の自由を認めて使用者の拘束から解放する趣旨に基づくものである。この趣旨からすれば、当事者が合意のうえで一年を超えて契約期間を定めた場合にも一年を超える部分をすべて無効とする必要はなく、その部分については、使用者には労働者に対する拘束を許さないが、労働者にはその契約期間は雇用の保障を主張することができ、期間満了により契約終了の効力も受け得るものとみるのが当事者の意思に則し妥当である。

したがって、仮に、第一契約が労働契約であり、契約期間一年を超える部分が無効となり、期間の定めのない契約になったとしても、第一ないし第三契約において期間が明確に合意され、各契約期間が満了した際には原告と被告がその事実を認め、新たな契約手続を経て、改めて契約内容とその期間について合意していたのであるから、第一及び第二契約は、それぞれその期間満了の日に終了したものとみるのが妥当である。第二及び第三契約が単に労働条件を改定したにすぎないということはできない。そして、第三契約は、期間を一年とする契約であるから、右一年の経過をもって原被告間の契約関係が終了したこととなる。

(三) 原告の錯誤の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  前記の第一ないし第三契約の内容によれば、原告は被告からの演奏要請に対し拒否することができず、また、拘束時間の定めがあることなどからすると、原告は、従属的地位にあるものと認められ、労働基準法上の労働者としての地位にあり、同法の適用を受けるものということができる。

二  そこで、第一契約が契約期間を定めたものか否かについて判断する。

1(一)  第一契約の契約書(〈証拠〉)には、(契約期間)として昭和五六年五月一日より昭和五八年四月三〇日までの二年間とするとの記載がある。しかし、右契約書には、右期間の意義が報酬等労働条件の改定のためであることを示す文言はない。

(二)  ところで、被告の楽団員の構成は、指揮者、コンサートマスター、ソリスト(以下を被告では「特別契約者」と呼んでいる。)及び一般楽団員からなっている。特別契約者と一般楽団員とは、その契約締結に至る手続が異なり、また、一般楽団員の労働条件については、就業規則、賃金規定によって予め定められているが、特別契約者については、その都度具体的な契約内容の交渉を行って決定しており、その内容は、給与が年俸制であり、一般楽団員のような賞与、退職金がないこと、契約期間が一般に一、二年と有期限であること、再契約は被告の必要性と本人の意思により行われることとなっていたこと、これまでの特別契約者については、例外なく期間を定めて契約していたものであること、拘束時間の定めが一般楽団員に比べかなり少ないことなどの相違点がある。特別契約者については、一般にこれらに該当するような人材は才能が豊かで、音楽界における評価も高く、契約をしてもより有利な条件のところへ短期間のうちに移ることを望む傾向があり、他方、被告としても、楽団の音楽水準を恒常的に引き上げるためにその時々の要請に応じて特別契約者の占める職につきより優秀な演奏者を招へいすることが可能となるようにしておく必要があること等の理由から、被告としては、特別契約者については、右のように個別に交渉を行い、契約を締結し、契約期間も有期限としていた。(〈証拠〉)

(三)  被告は、楽団全体特にチェロ及びビオラ部門の音楽水準を急速に引き上げる必要に迫られ、そのためチェロセクションのトップ奏者としての能力を有する優秀なソロ・チェリストの候補者を探していた。このような状況の中で、被告は、原告を右のようなソロ・チェリストとして招へいすることとし、被告においては、ソリストの採用は初めてであったが、前記のようなこれまでの特別契約者の例にならって契約をすることとし、原告の要望を踏まえたうえ交渉して第一契約を締結した。被告は、契約期間について、特別契約者については前記の理由から契約期間を定めているところから、原告の場合も有期限とすることとした。(〈証拠〉)

被告は、前記のように楽団の音楽水準を引き上げるためには、それまでのコンサートマスターのように一年と短期間で交替されては困ること、常任指揮者に予定されていたフリューベックがその在籍期間程度は在籍することを希望していたことから、右交渉において契約期間を三年と提案した。これに対し、原告は、当時ついていたカナダでの教職を保持したまま休暇を利用して被告に入団することとした関係で二年として欲しい旨要望し、その結果期間が二年と定められ、契約期間満了後の措置については何らの定めもされていなかった。(〈証拠〉)

なお、〈証拠〉(原告の陳述書)には、原告が技術的能力を喪失しない限り契約が存続するとの合意があった旨の記載があるが、〈証拠〉に照らし、右記載は採用することができない。また、原告は、原告が第一契約締結の交渉で退職金の支給を希望したことが右合意を裏付けるかのように主張するが、それ自体理由がなく、加えて、被告は、右退職金の支給の要求を拒否し、原告もその後右要求をしていないのである(〈証拠〉)から、原告の右主張は理由がない。

(四)  第一契約の期間が満了するに際し、原告は、カナダでの教職をやめて日本に永住することを考え、被告に対し、契約書に「双方に異議のない場合は、年間自動延長とする」という条項を新たに入れることを要求した。これに対し、被告は、これまで特別契約者については前記のような理由から有期限の契約を行ってきたことからこれを拒否した。原告と被告は、代わりに契約更新の意思がある場合には契約終了の六か月前までに相手方に通知することとする条項を設けることで合意し、その他の契約内容についても交渉したうえ契約書(〈証拠〉)を作成して第二契約を締結した。(〈証拠〉)

(五)  被告は、原告に対し、昭和五九年一一月一日、第二契約終了の六か月前までに原告から契約更新の希望が伝えられなかったこと及び一般楽団員のコンセンサスが得られなかったことを理由として、第二契約終了後は新たな契約を締結しない旨通告した。これに対し、原告が新契約の締結を希望したので、被告と組合の間で協議が行われ、組合から、新契約の期間を一年とするなら組合としても了承する旨の回答を得た。そこで、被告は、原告に対し、昭和六〇年二月一二日、原告のほかにソロ・チェリストを一名招へいする予定であるので、原告の職名を単なる「ソロ・チェリスト」とする、契約期間を同年五月一日から昭和六一年四月三〇日までの一年間とする、更新意思の通知条項を削除する、年俸を八〇〇万円とする、年間拘束時間を七八〇時間とする旨の新契約の案を作成し提示した。昭和六〇年四月五日、被告は、原告に新契約の期間が一年限りであること、被告としては前回提示の条件について譲歩の余地がないことを明確に説明したところ、原告は、その場で契約書に署名することを拒否し、弁護士と相談のうえ返事をすると回答した。原告は、同月九日被告に対し契約書に署名すると連絡し、同月一五日契約書に署名して第三契約を締結した。(〈証拠〉)

なお、原告本人は、第三契約締結に際し、久保敏治から、契約期間を一年とする理由について、各ソリストの契約期間を統一するためと説明を受けた旨供述するが、当時ソリストの中には契約期間が二年の者がおり(〈証拠〉)、右事実に照らして、原告本人の右供述は採用することができない。

(六)  第一ないし第三契約においては、契約期間が満了した場合にその契約が自動的に更新されるものとはされていない。

2  以上の事実を総合すれば、第一契約は、契約の存続期間(二年間)を定めた契約であると認めるのが相当である。(なお、第二及び第三契約も、同様に期間の定めのある契約であると認められる。)

3  原告は、一般楽団員と被告との間の契約内容が類推されるべきであると主張する。

なるほど、前記認定のとおり第一ないし第三契約が労働契約であることが認められるが、どのような内容の契約にするかは当事者の自由であるから、労働契約であり、あるいは仮にその職務内容等が被告のコンサートマスター等の特別契約者とは異なるとしても、そのことの故に契約内容を一般楽団員のそれと同様に解すべき理由はない。そして、被告は、原告について、前記のように一般楽団員とは採用手続及び契約内容の異なる特別契約者として契約することとし、前記の理由により契約期間も有期限として第一契約を締結したのであるから、第一契約について、一般楽団員の契約内容を類推すべきであるということはできない。

また、一般楽団員の場合、昭和四六年以降、最初の契約は契約した月の一日から次に来る三月末日までの契約期間とし、その後は自動延長されるとの定めが契約書に記載されているのであり(〈証拠〉)、その条項にしたがって、契約関係が規律されている結果、事実上期間の定めがないのと同じようになっているにすぎず、原告の場合、このような条項がなく、いずれも契約期間を定めて契約し、第二、第三契約締結に当たりそれぞれ交渉したうえで書面を作成して契約をしているのであるから、第一契約に定められた契約期間について一般楽団員の場合と同様に解することはできない。

4  また、原告は、第一契約締結に至る交渉において、被告の交渉担当であった久保敏治副団長が原告に対し、「骨を埋めるつもりできて欲しい」と述べており、被告としても当時原告に長く楽団にいて欲しいと希望していたのであり、原告も欧米の例と同様当然更新されると認識していたのであるから、第一契約は期間の定めのない契約であると主張する。

しかし、第一ないし第三契約の契約書の文言に期間の定めが報酬等の労働条件の改定のためのものであることを窺わせるものはなく、前記の交渉の経過からみて、そのような趣旨にとどめる合意があったことも認めることはできない。前記のとおり被告は原告と契約するにつき有期限の契約とすることとしたのであるから、久保が原告との契約を永続させる趣旨の発言をしたものと認めることはできず、これに反する〈証拠〉は採用することができない。のみならず、前記認定の交渉経過によれば、第一契約の締結交渉において、被告の期間三年の提案に対し、原告は、当時のカナダでの教職をやめるか否かの結論を出さないままその休暇を利用して被告に入団し、その期間満了時点においてカナダに戻るか被告に留まるかを決定することとして、二年間の契約を希望したのであるから、仮に久保が原告の主張するような発言をしたとしても、そのことによって第一契約が期間の定めのない契約になるものと認めることはできない。更に、原告の主張するところによれば、原告においては期間満了時に、他に有利な職場に移るか否かを検討することができ、被告に留まることを選択した場合には報酬等の改定の機会となるのに、被告にとっては、期間満了時においても他の演奏者を招へいするか否かを独自に検討することができないという、原告に一方的に有利な結果となり、また、原告と被告は、第一ないし第三契約の締結に際し、原告の職名、契約期間、年俸、拘束時間、契約期間満了前の更新意思の通知義務等の主要な項目について交渉をしたうえで、それぞれ異なった内容の契約書を作成して契約を締結していることなどに照らすと、第一契約における期間の定めが、原告の主張するように労働条件の据置のための期間にすぎないとは到底解することはできない。原告が第二契約の締結によりカナダでの職を辞したことや原告が契約の更新を希望していたことは、以上に照らし、右認定を左右するものではない。

なお、被告は、前記のフリューベックの意向や楽団の演奏力の向上のために三年間は原告に在籍して欲しいと考え、契約期間三年の提案をしたものであり(〈証拠〉)、被告が原告に将来永続的に在籍することを希望していたことを認めるに足りる証拠はない。証人河中一學は、同人が久保から原告の入団の話を聞いた際、契約期間の話が出て、契約期間が二年となったが、この間年俸が変わらないとの説明があったと供述するが、右供述どおりの説明があったとしても、そのことから、右契約期間が年俸等の据置期間にすぎないものと認めることはできない。更に、〈証拠〉には、久保が河中一學に対し、原告との契約期間が待遇や条件を据え置くための期間であり、期間経過後に更新することが前提であると話した旨の記載があるが、証人河中の証言に照らし、右記載を採用することができない。

三  以上のとおり第一契約は二年間の契約期間の定めがあったが、右は、労働基準法一四条に違反し、同法一三条により一年を超える部分は無効となり、期間は一年に短縮されるのであり、右一年の期間経過後も労働関係が継続している場合には、民法六二九条一項により期間の定めがない契約として継続されているものと解するのが相当である。

原告は、第一契約が二年間の期間の定めのある契約であったとしても、第一契約の期間は一年間に短縮され、右期間満了後も労働関係が継続されたことにより期間の定めのない契約になり、その後はその状態が継続し、第二及び第三契約においては単に労働条件の改定がなされたにすぎないと主張する。

しかし、前記のとおり、第一契約締結後それが漫然と継続されているのではなく、その後に第二及び第三契約が締結されていること、原告と被告との間には、第一契約締結に際し、契約が永続すべきものとして締結された事情は認められないこと、右各契約においては、単に期間についての定めのほかに、原告の職名、年俸、拘束時間、更新意思の通知条項等労働契約の重要な部分についての交渉がなされ、そのうえで書面によって各契約が締結されていること、したがって、単一の契約が継続しているものとはいえないこと、以上の経緯については、原告はこれを明確に認識したうえで契約に臨んでいるものと評価されること等を考え併せると、第一契約が期間の定めのないものとなり、その状態が継続し、第二及び第三契約は単に労働条件を改定したにすぎないものと解することは相当でなく、第二契約が締結されたことにより、第一契約が解消され、第一契約とは異なる内容の契約が新たに締結され、更に、第三契約が締結されたことにより、第二契約(第一契約と同様一年経過後に期間の定めのない契約となった。)が解消され、新たに第二契約とは異なる内容の契約が締結されたものと解するのが相当である。原告の職務内容が第一ないし第三契約を通じて実質的に同一であることは、右認定を妨げるものとならない。

したがって、原告と被告の契約関係は、第三契約で定められた一年の期間の満了により、終了したものということができる。

四  原告は、期間の定めのない契約であることを前提として、被告が原告の雇用契約関係を否定していることをもって解雇であると主張するが、以上のとおりその前提を欠き、右主張は理由がない。

また、原告は、第三契約が第二契約を合意解約したものであるとしても錯誤により無効であると主張し、原告本人は、原告が河中から一年後に契約の更新ができるように被告が努力するという話を聞いたので一年後に更新されるものと考えて第三契約を締結した旨供述し、〈証拠〉にも同旨の記載がある。しかし、〈証拠〉によれば、河中から原告に対し、第三契約締結に先立ち、一年後には組合の同意をとれるよう原告にも努力して欲しい旨の話があったにすぎず、一年経過後に必ず契約が更新されるというものではなかったことが認められ、右事実と前記認定した第一ないし第三契約締結に至る経過、交渉経過等を総合すれば、原告が第三契約の契約期間満了後も必ず契約が存続すると認識していたものと認めることはできないのであって、これに反する〈証拠〉は採用することができない。したがって、原告の右錯誤の主張は理由がない。

五  以上によれば、原告と被告との間の契約関係は、第三契約に定められた昭和六一年四月三〇日の経過をもって終了した。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内民生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例